冬の記憶
うす青い闇の中で、冬の静けさだけを見つめていた。夜明け前、空気さえ青く染まっていくようなひっそりとした闇の中で、海の底に息づく生き物たちのことを思った。
思い出したように聞こえる、道路を走る車の音。
両の目も凍てつくほどの寒い夜に見た星の瞬き。あんまりにも綺麗で、胸が詰まりそうになって、何度も何度も息を吸う。冷たい空気が肺を満たす。乾いた土と今にも凍りそうな水の匂い。冬の匂い。
自分の影さえも見える月明かりの夜。味気ないコンクリにわたしの影が映る。
月の光にも色があって、夜空にぽっかりと浮かぶ雲の色、影のかたち。
夜は静謐に包まれ、今、この世界に生きているのは自分だけのようだと、思ったあの夜のこと。
心細いのに、どこかせいせいとしていて、でもいつも「ここじゃないどこか」を探していた。
もうあの冬の夜はやってこない。それでも確かに見つめていたのは冬の輝き。
薄青い闇を見て、海の底のようだと思ったこと。通り過ぎる車の音を聞いたこと。冬の星座を見たこと。藍色の闇に浮かぶ白い息。月の光に照らされた雲を見たこと。
記憶にも残らないような情景たちがわたしの中に沈んでいて、でも何かの拍子に浮かび上がる。